櫃田 伸也 NOBUYA HITSUDA

罪なき理性 -blame not on reasons
2019.3.8 (金) - 31 (日)
オープニングレセプション:3.8 (金) 18:00 - 20:00
*パフォーマンス by QUNIMUNE:18:00 -18:30

同時開催:その先へ -beyond the reasons
稲田 翔平 / 岩永 忠すけ / O JUN / 大田黒 衣美 / 大庭 大介 / 奥村 雄樹 / 川角 岳大 / 國宗 浩之 / KOURYOU / 杉戸 洋 / 田幡 浩一 / 西村 有 / 長谷川 繁 / 櫃田 珠実 / 松田 修 / 村瀬 恭子

個展協力:杉戸 洋

グループ展協力: Itazu Litho-Grafik / Komagome SOKO / Satoko Oe Contemporary / SCAI THE BATHHOUSE / Taka Ishii Gallery / Tomio Koyama Gallery / Haloez / MISAKO & ROSEN / Mizuma Art Gallery / Mujin-to Production / Yutaka Kikutake Gallery / 飯岡 陸 / 兼平 彦太郎 / 八田 尚子

NOBUYA HITSUDA

櫃田 伸也 NOBUYA HITSUDA 箱 2003-2019, oil, masking tape on canvas, 116.5 x 116.5 cm

 このたびKAYOKOYUKIでは、3月8日(金)から31日(日)まで、櫃田伸也の個展「罪なき理性 - blame not on reasons」を開催します。それにあわせ、隣接するKomagome SOKOでは、櫃田と関わりのある作家16名によるグループ展「その先へ -beyond the reasons」を開催します。

罪なき理性 - blame not on reasons|KAYOKOYUKI

 櫃田伸也(ひつだ・のぶや)は1941年東京都大田区生まれ。東京藝術大学大学院を修了後、NHK美術部勤務を経て、 愛知県立芸術大学および東京藝術大学で教鞭を取りました。これまで安井賞(1985)、損保ジャパン東郷青児美術館記念大賞(2011)など数多くの賞を受賞し、作品は東京国立近代美術館、東京都現代美術館などに収蔵されています。

 櫃田は、安保闘争の真っただ中に東京藝術大学で学生生活を過ごしました。首席で卒業を果たした櫃田でしたが、突然その筆を置き、テレビ局の制作現場に身を置きます。そして72年ころから再び作品の発表をはじめ、「何より私の目や身体から出発する」(*1)絵画を目指すべく、次第に独自の道を切り拓いていきます。

 制作の出発点とするのは、空き地、水路、フェンス、コンクリートの壁、植物など、ごくありふれた身の周りの風景です。とくに櫃田にとって、幼少期を過ごした多摩川土手の斜面や広場は、いまだに重要な風景のひとつだといいます(*2)。まだ東京に地面の土が露出していた時期から、道がコンクリートで覆われその上にビルが建ち並ぶまで、とにかく街を歩き回って「見ること」を積み重ねた経験は、櫃田の絵画の原点と言えるでしょう。

 画面のなかに消失点を定めず、視線を分割する斜線のあいだを風が吹き抜けるような絵画。櫃田は、風景を計測可能で自明なモチーフとして扱うのではなく、断片的に知覚され「通り過ぎる」あるいは「通り過ぎた」ものとして、様々な場所や時間のブリコラージュによって描こうとしています。対象を見ている時間だけでなく、まさに櫃田自身の経験や生活を通して遠近法は組み替えられ、空間の質自体が変容したひとつの画面が立ちあがるのです。

その先へ - beyond the reasons|Komagome SOKO

 櫃田は、画家として高い評価を得る一方で、教育者としての功績も計り知れません。今からちょうど10年前、愛知県美術館と名古屋市美術館の2館で「放課後のはらっぱ」展(2009)が開催されました。この展覧会は、いまや国内外の現代アートシーンで目覚ましい活躍を見せる奈良美智、杉戸洋、長谷川繁、村瀬恭子をはじめとする愛知での教え子たちとの影響関係を取り上げるものでした。

 愛知を離れた後、櫃田は2001年から09年まで母校の東京藝術大学で教授を務めました。本展「その先へ」では、主に東京で櫃田に教えを受けた、あるいは何らかの接点を持ったアーティストたちの新作と初期作品を織り交ぜて紹介します。それぞれの作品の立ち上がり方に共通するテーマや脈絡はありません。彼らは一見すると櫃田の影響を感じさせないほど、独自の表現方法に基づいて制作を続けています。また必ずしも、愛知・長久手のような「はらっぱ」で生活や制作の環境を共有していたわけでもありません。しかし、どこかのタイミングで櫃田と出会い、櫃田の一言やふるまいに少なからず刺激を受け、それが現在の表現に反映されています。

 あるインタヴューで櫃田は「最終的には自分自身になるということが、表現すること」(*3)と答えています。ひとりの人間として孤独と向き合いながら生き、表現するこうした姿勢こそが、作家たちに影響を与えたに違いありません。過去と現在が交差し、異なるフィールドから立ち上がる軌跡が輻輳する会場は、幾重にも時間を超えて重ねられた櫃田の線や色面と共鳴することでしょう。それは混沌とした時代を生きる鑑賞者達を「その先へ」誘うひとつの風景となるのではないでしょうか。

*1 小西信之「櫃田伸也―風景の導くままに」(『放課後のはらっぱー櫃田伸也とその教え子たち』あいちトリエンナーレ実行委員会、2009年)
*2 児島やよい「通り過ぎた風景、はらっぱを渡る風 櫃田伸也とその作品について」(『櫃田伸也展 通り過ぎた風景』損保ジャパン美術財団、2011年)
*3 林央子によるインタビュー「暮らしの風景(9)櫃田伸也 絵を描く―画家であり、教育者」(『暮らしの手帖』2010年2・3月号、暮しの手帖社)